干物といえば沼津、という常識を私はいつの頃から見知っていたのだろう。
子供の頃の家族の土産話だったのか・・・。
長じて旅した伊豆の旅の時だったのか・・・。
今では判然としないが、少なくとも物事の分別がつく時分は、もう既にそれと認識
していたように思う。
まず湯気の香りが違う。
炭火で焼いた時の猛々と立ち昇る煙の中に、大洋の潮の香を嗅ぐ。
箸を差し入れた時の、ふくよかな肉づきが違う。
そして、その歯ごたえと舌触りと馥郁(ふくいく)とした味が他所のものとは格段に違う。
全国の生産量の実に三割以上を占める「日本一の味」だというのもうなずける。
総じて沼津のあの辺りは、湿度が低い。
比較的雨も少なく、昼夜を問わず強い西風が吹く。
そうした気候風土が絶妙に絡み合って、沼津は国土の中でも干物の製造に適した場所
なのだそうだが、私はむしろ、あの場所が天に選ばれた場所であるように思えてなら
ないのだ。
湾としては日本一の深さをもつ駿河湾。
北に目を転じれば日本一の富士山が屹然(きつぜん)とそびえる。
その伏流水が忽然(こつぜん)と、そして滔々(とうとう)と溢れ流れる東洋一の湧水・柿田川湧水が
東に控えている。
(沼津で作られる干物の多くは、その湧水の水や駿河湾深層水で清められるのだそうだ。)
そいした、天下唯一無二のものに囲まれ、育つ産物にまずいものがあろう筈がない。
飯の肴に租借(そしゃく)し嚥下(えんか)するだびに、千本松界隈の風物が思い出されるのは、
そういう理由なのだろうと考える。
日本一には深い理由があるということだ。
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